値切る才能
先日、京都の北野天満宮で毎月21日に開催されている骨董市へ家族で行ってきた。
お祭りさながら、広い敷地と道路にたくさんのお店が並んでいた。ほんと、数えるのが大変なぐらい。200店舗ぐらい?
たこ焼き、からあげ、くじ引きなんかの夏祭り的な屋台、骨董品、器、壊れた時計などのジャンク品、手作りアクセサリー、植物、着物。
想像していたよりも幅広いジャンル、色々なものが売られていて、見ているだけで楽しかった。
そんな中、ある露店に立ち寄った時、店先で騒いでいるお姉さんがいた。
「商売デショ!?商売デショ!?」
日本語だけど片言。多分中国の人だと思う。お姉さんは執拗に「商売デショ!」と店主に向かって叫んでいた。
それに対して店主は静かな口調で、
「それは500円。500円。500円」
と商品の値段を何度も伝えていた。
あとから、店主と他の人との会話で分かったことだが、どうやらお姉さんはその時手に持っていた器を値切ろうとしていたらしい。
器は店先に重ねるようにして並べられており、それぞれ大きさや柄が違う。
店主としてはそのスペースにあるものは全て500円。
しかしお姉さん的には、その中の一つを手に取って「これ他の器より小さいじゃん!安く出来るっしょ!なぁ!」という感じだったそう。
お互い怒気のこもった声。両者一歩も引かず。が、そのうちお姉さんは「モウ、イイワ!」と諦め、乱暴に器を置いて去っていった。店主はその背中を見送りながら「なんやねんあいつ…」と小さく呟いていた。
なぜ「商売デショ!?」という決め台詞で値切りに成功すると思ったのか、不思議だ。
もちろん異国の地。流暢とは言えない言葉使い。意思疎通が難しいとは思う。
が、値切るという行為は店主の温情あってこそ。外国でもそうではないのか。「怒らせて安く買おう」なんて絶対無理だ。
やり取りの途中からしか状況が分からないので、もしかしたら前段で何かあったのかもしれない。
ただ最終的に腹が立って立ち去るなら、もうちょっと早く踏ん切りつけてさっさと諦めたら良かったのに…と僕は思う。
そんな僕は値切れない人間だ。
もともとコミュニケーション能力が死んでるのもあって、お店の人とはうまく喋れない。
さすがに、美容室に予約の電話ができなかった若い時よりはマシではあるが、にしても喋れない。家庭を持つまでセールとか割引のことすら考えたことがなかった。
値切るなんてもってのほか。「店が提示しているこの値段が正しい」という理念を持って、今でも生活している。値切らずお金を支払うことで、なんなら店員さんの生活が助けられる、とも思っている。「これで美味い飯でも食え」先輩か上司かみたいな気持ちだ。
一方、我が嫁はすごい。
値切る才能がすごい。
骨董市でもその才能は存分に発揮された。
さきほどの店とは別の店で、嫁がイヤリングを見つけた。パールっぽい装飾が施されたかわいらしいやつ。
気に入ったらしく、店主のおじいちゃんに値段を聞いた。
「これいくらですか?」
「それはねぇ……1000円やねぇ」
「あぁ~そっか…1000円か…1000円はなぁ…ちょっと…でもかわいいなぁ…いやでも…う~ん」
しこたま悩む。すると店主が、
「ん~まぁいいよ!500円で!」
と切り出した。「いいんですか!」と喜ぶ嫁。
さて、釈明というか説明をさせてもらう、というか弁解にも近いが、嫁が悩んだのは素だ。
我が家の経済状況は常日頃よろしくない。365日火の車。そんな理由で 1000円という金額でも悩むのだ。財布の重さとは関係なく。これは癖に近い。
だから、決して安くしてもらおう、温情を頂こうとして悩むポーズを見せた訳ではない。
ただ、そういう嫁の雰囲気を見て店主は安くしてくれた。
別に僕は1000円ぐらい普通に出すつもりだったが、安さに勝てるものなし。無言で500円玉を取り出した。
結果、事実だけ見ると、嫁は値切ることに成功している。
とは言いつつ、上の状況では割と素の嫁だったけど、もともと彼女は値切る人間だ。
関西出身気質なのかなんなのか「とりあえず言ってみたらいいじゃん」という性格。そしてけっこう成功する。
僕が一番びっくりしたのは家賃の値切りだ。
以前住んでいた家の話。その家を不動産屋さんに紹介された際、一通りそこの説明と家賃を聞いた後、突然、
「で、いくら安くなりますか?」
と質問した。脈絡は皆無だった。
困った顔する不動産屋の人。困った顔をする僕。
しかしその後(いきなり何言ってんだこいつ…)という雰囲気を跳ねのけ、3000円引きが決定した。
(家賃って値切れるんや…)僕としては、すごく社会勉強になった思い出だ。
「値切る」という行為には才能のあるなしが存在している、と思う。
僕はない。嫁はある。多分最初に登場した中国人のお姉さんにはない、けど値切ろうとする分僕よりは上。
そして良し悪しで言うと、間違いなく良しじゃないかな。
合意の上こちらは安く済み、向こうは利益を得る。利益が減ったと考えるかどうかは相手次第ではある、が、ケースバイケースであり、基本的にはwin-winのはずだ。
そんな嫁の才能を、僕は羨ましく思っている。でも出来ない。